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予感

ポンポの最後の妊婦検診の朝の出来事。


わたし「ポンポいるかな?」
旦那「何いってるのー、いるに決まってるよ。」
わたし「うーん・・・」
旦那「何?不安なの??今日検診でしょう?」
わたし「うん、今日は糖の検査あるから早めに行く。」
旦那「大丈夫だよ。何かあったら連絡してね。」・・・と会社に出勤して行った。



わたし、死産宣告される日に感じたのです。
「お腹にポンポいないかも・・・いる気配がしない・・・・」

数日前から胎動なくて先輩に・・・
「最近胎動少ない気がするんです。」って話してた自分がいた。

初産だったし自分の変化に鈍感だった。
しかも仕事が忙しすぎてポンポと向き合う時間がなかった。
でもこれは今思うと言い訳・・・もっとポンポと向き合うべきだった。
だからお空に帰ってしまったのかな・・・
ママが準備不足だから・・・


妊娠初期から不安で、もしかしらダメかも?って気持ちがいつもあった。
だから、会社の人以外は親友以外に報告しなかった。
安定期過ぎても不安で、それは強まるばかりだった。
けれど、仕事中心でそこまで深く気にしたことがなかった。
今思えば初めから私は気がついていたのかもしれない・・・



今の妊娠は初期からなぜか自信があった。
「今回は大丈夫!!」何でかわからない自信があった。
何かあっても今回は大丈夫。
だってポンポが見守ってくれてる。
ポンポが巡り合わせてくれた命なんだから、絶対に守らなくてはいけない。
今も不安だけど、毎日「大丈夫、ポンポが守ってくれてる」って思ってる。
毎日遺骨に「今日も赤ちゃん守ってくれてありがとう。明日も赤ちゃんよろしくね」など沢山声かけてる。

しつこいけど、私は言霊を信じているので「感謝の気持ち」は特に声に出して相手に伝えるようにしている。
だから、ポンポは守ってくれているはず。
優しい顔したお姉ちゃんだったから・・・


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死産の原因~ポンポとの別れ

ポンポの死亡原因はおそらく臍帯可念転。

詳しいことは検査をまたないとわからない。

ただ、ポンポの解剖や夫婦の遺伝子検査はしなかった・・・
そんなことをしてもポンポは喜ばないと思ったから・・・



出産後、個室の病棟に移動した。
移動するときに助産師に
「赤ちゃん綺麗に生まれてきましたね。綺麗に生まれてくると、まだすぐに赤ちゃん来てくれるって言いますからね。」
と言われた。
ほんとかな?ってこの時は思ったけれど、今そうなのかもと思ってる。

この日の夜も寝れなかった・・・・




翌日、この日は一日休息。
子宮が収縮してかなり痛い。
旦那が朝から来てくれて沢山話した。

午後、火葬屋の方が来てポンポとの最後のお別れをした・・・


私たち夫婦は火葬には立ち会うことはしませんでした。


可愛い私の子・・・
大好きだよ・・・
幸せになってね・・・


お別れした後、涙があふれて止まらなくなった。
エレベーターに乗ることもできず、控え室で旦那に抱きしめられながら泣いた。
この日を忘れまいと、今の二人を写真に撮った。

今でも控室にいる写真を見るとあの時の記憶を思い出す・・・


7月2日
朝から内診があり、今日退院できることになった。
不安と悲しみでいっぱいだった。
退院時、わたしはポンポの遺骨を持って退院した。
まわりは赤ちゃんに群がる看護師と家族。

何とも言葉にできない苦しみ悲しみだった。
旦那が車を出してくれる少しの間でも気が狂いそうだった。

旦那が来て、私は車へと乗り込んだ。
また涙があふれてきた・・・


遺骨を抱えて退院する自分。
幸せいっぱいに周りから祝福されて退院する他人。


同じ場所にいるのに世界が全く違って見えた。


つづく・・・





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死産後~我が子との対面

出産後、しばらくして助産師から「赤ちゃんと対面しますか?」と言われた。

旦那とお母さんと対面した。

可愛くてまるで眠っているかのようだった。
旦那によく似た女の子だった。
この時は悲しみよりも会えたことが幸せだった。

妹も対面してくれて、「よく頑張ったね。」とポンポに声をかけてくれた。

その後、ポンポと旦那と三人で少し過ごした。
ポンポは小さな箱に入っていて、最初で最後の抱っこをした・・・
本当に可愛い子だった。
綺麗な姿で会いにきてくれてありがとう。
またママのとこに会いに来てね。
ポンポ・・・六か月間幸せをありがとう。
心からそう思った。



つづく・・・



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転院後~産まれるまでの3日間

6月28日(金)
朝から両親が来た。

昨晩、旦那が号泣しながら電話したので慌ててきたようだ。

親孝行出来なくてごめんね・・・



朝ごはんを食べて、先生から処置の説明があり、CT検査をした。



人生初のCT検査はかなり怖かった。
造影剤を入れての検査・・・もう一生やりたくない。



その後ラミナリア投入をした。
私が痛がるので痛みどめを使ってくれたので、そこまで痛くはなかった。


この日は、これで終了。
今日は旦那付き添いが許されず、分娩室に一人で寝ていた。
だけど、全然寝れず・・・明け方少し寝れたようだ。


6月29日(土)
翌朝9時過ぎから、陣痛促進剤投入。
生理痛のような波が何度か来たが、まだ産まれそうにない。
18時、四度目の促進剤投入・・・全然効かない。

もともと生理痛もひどく、筋腫もあるので効きにくいのかもしれない・・・

この日最後、21時に五度目の促進剤投入・・・

この日はお母さんが分娩室で付き添いしてくれた。
促進剤の副作用で熱が出てきて、意識が朦朧をして10時頃には眠りについた。

深夜1時頃から生理痛の強い痛みみたいのが来て寝れなくなった。
お母さんが背中をさすってくれて少し楽になったが波が来ると痛い。
お腹も副作用で下痢するようになった。

明け方痛みが落ち着いたので寝れたが、また早朝から波が来た。
昨日とは比べ物にならない位に、本格的に痛い。




6月30日(日)
朝から妹が来てくれた。
だけど、陣痛が来てて痛くてイライラ・・・
朝ご飯も全然食べれない・・・
旦那も疲れがたまっているらしく寝坊してイライラ・・・

みんな、心配して色々してくれるのに陣痛が痛すぎて優しくできなかった。
みんなありがとう。
思いやりのあること言えなくてごめんね。


旦那が家から戻ってきて、10時過ぎから6回目の促進剤投入。

明らかに昨日と違う波が来た。
波が間隔短くずっと来る。
痛くて動けないし、昼食は全く食べれない。
12時ごろには陣痛のピークが来た。
呼吸がうまくできなくなり、ビニール袋がないと呼吸ができなかった。

この時の担当助産師は淡白な人で痛いのに呼吸の仕方も誘導してくれない。
呼吸法なんて知らないし、かなり頭はパニック。
波が来るたびに苦しくて息ができなくなる。
だんだん手足が痺れて来た・・・

なんでポンポはいないのに、こんな辛い思いしなきゃならないの!!
この苦しみを乗り越えてもポンポはいないのに!!
こんな痛み味わうなら死んだほうがまし!!

ずっと心で叫んでました。
痛みの先にポンポはいない・・・だから苦しく辛かった・・・

だんだんいきみたくなり、今にも出そうだった。
屋っと先生と助産師が来て分娩の準備が始まった。
いきたいのに、まだいきむなよ!!と言われた。
もっと早く準備しろよ!!って心で叫んだ。

一回いきんだら少し出た気がした。
先生がエコーで確認してる間に、まあ波が来て出た気がした。
だが、まだ身体だけで頭が出てない。(←この時、逆子でした。)
しばらくしてまた波が来て、全てきれいに出た。


13時5分・・ポンポ出産。



宣告されてから四日間長く辛かったけれど、無事出産出来た。





つづく・・・


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転院~人生初の救急車

話を聞いたあと病室に戻り転院の準備のため着替える。

その後、救急隊の人が迎えに来てタンカーに乗せられ救急車へ。

わたし「歩けるので座ってたらダメですか?」
救急隊員「規則だからダメなんだよー。ごめんねー。今日は大変だったねー。」

人生初の救急車はかなり揺れるし、音もうるさかった。

一緒に乗車した看護師さんも救急隊員の人も心の優しい人だった。

救急隊員「泣きたい時は思いっきり泣くんだよ。おじさんの子供と同じ年だか他人ごとだと思えなくてね。」
わたし「・・・・」
救急隊員「旦那さん優しいでしょ?」
わたし「優しいです。」
救急隊員「わかるよー。優しい旦那でよかったねー。今日は天気が良くなったきたねー。なにか意味があるのかもしれないね。」
この日は一日天気がどんよりしていたが、わたしが転院する時間hあ太陽が顔を出した。
よく喋る人で、着くまでずっと喋ってたけどそのあとの会話は覚えてない。

看護師「泣きたいときは我慢しないで泣くんだよ!!」
「わたしのお母さんも第一子を子宮内胎児死亡で無くしてるけど、その後三人授かったんだよ。今になってやっと子供を亡くした意味がわかったって言っていたよ。」「だから、今は我慢しないで赤ちゃんのために沢山泣いてあげてね。」
わたし「・・・泣」

こんなに優しさを感じる人に出会ったのは久しぶりだった。
名前も忘れてしまったけれど、心の痛みのわかる人なんだと思う。

そして転院先について、診察台にあがり沢山の先生に囲まれ内診された。
こんなに沢山の人に見られて恐怖さえ覚えた

その後、旦那が来て状況説明された。
明日、CT検査してから処置に入るようだ。
今日は、もう夜21時近くになっていたので処置は無し。
抗生物質の点滴を始めた。

旦那は一旦家に戻り、入院の荷物を取りに行ってくれた。
その間に助産師が来て、今までの経緯や生活など細かく聞かれた。
ここの助産師さんは寄り添ってくれた。
涙が止まらなかった・・・
この日、特別に許可を貰って旦那が一晩付き添ってくれた。



つづく・・・


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